ハゲ増す会始動する!

パン君とりー坊、その仲間のストーリーです。

2012年4月〜


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第一回ハゲ増す会



 パン君は、南風南高校の側に住んでいた。道南の南風市は、私の住んでいるS市からはちょっと遠い。
 りー坊が音頭を取り、地元組で何回かミニハゲ増す会を開いていた。私は、地元ハゲ増す会に参加が難しかった。掲示板の仲間は、地元近辺と私の住むS市に多く住んでいた。
 ある日、ハゲ増す会をS市で開催したいとりー坊が提案した。地元組はホテルを予約するとのこと。G先生もS市在住であり、私もそれなら参加可能だ。ただ、パン君のからだは大丈夫なのだろうかと思ったけれど、抗がん剤治療の合間に参加するから大丈夫とのことだった。

 2012年4月21日(土)18時から、第一回ハゲ増す会がS市で開催された。
 パン君とりー坊、甲斐君、ドラ君、林君、吉町君、東川君、谷崎、谷下君、タンク、東巻君、サラ、まりえちゃん、ぴぴちゃん、私、そしてG先生。男子11名。女子四名。二期生、四期生、七期生と八期生が入り交じっていた。私の方は、リュウの症状も進んで来ていて、場所の予約等何もできなかった。全部、りー坊がやってくれた。

 りー坊が突然立ち上がり、紙をひろげた。そして、

「表彰状!パン君殿」

と、自分が作って来た表彰状を読み上げ始めた。パン君もりー坊の前に立った。

「パン君が敢然と病気と闘い、それと同時に病気を公表した勇気を称えます」

 そう言って表彰状を渡し、プレゼントとして、パン君の好きな戦車のプラモデルを渡した。りー坊のサプライズだった。二人の友情にみんな、拍手した。
 表彰状は、『ハゲ増す会会員一同』となっており、もしも私に余裕があったら、絶対にりー坊から事前に打診があったはずだった。

 G先生もとても心配して、パン君に声をかけていた。誰かが、

「死ぬ順番間違うんじゃないぞ!」

というと、G先生が、

「それは、私が先ということか!」

と笑った。みんな笑った。

 二次会では、谷崎が、

「二万円の歌、聞かせてやる!」

と言って、突然カラオケで歌い始めた。
 なぜ、二万円なんだろうと思ったら、二万円分カラオケボックスで練習して来たということだった。でも、河村隆一とか、高音で難しいような曲ばかりで、聞き辛かった。それよりもなぜ、谷崎がこの会に参加しているのか、不思議だった。誰も呼んでいないようだった。

   二次会も終わり、三次会に向かうという時、谷崎は知らない人でいっぱいのエレベーターにギュッと押され、強制的に帰されいなくなった(あとでわかったことだが、どうやら犯人はサラらしい)。

 三次会は、いつも行く「場末のスナック」だ。私はそこで、隣に四期生のタンクが座っていたので、ほふく前進って大変?と何気なく聞いてみた。タンクは、偉い方の自衛官だ。タンクだけではなく、パン君やりー坊をはじめ、自分で独立開業したり、会社で役職がついていたり、みんな立派に働いていた。
 私の質問を聞いて、タンクは突然立ち上がった。そして、キョロキョロと何かを探し始め、置き傘を手に持った。

「ほふく前進をします!」

と大声で言って、向こう側に行ったかと思うと突然クルッとこちら向きになり、ほふく前進を始めた。手には、ライフルに見立てた置き傘を持っていた。すると、まりえちゃんも、

「私もしま〜す!」

と言って、タンクの後から、教えてもらいながらほふく前進を始めたのだ。七期生のまりえちゃんは、自衛官ではなく、現役の看護師さんだ。
 他のお客さんも見ていて、びっくりしたけど、だんだん、こちら側に近づいて来たので、可笑しかった。

 実は、第一回ハゲ増す会の呼びかけがあったときは、リュウは入院していなかったが、当日はリュウは入院していた。
 パン君の公表、第一回ハゲ増す会に出席して、私の中で、何かが変わった。



りー坊が作成し、パン君に送った感謝状。



りー坊がパン君に送ったプレゼント。「タイガー」という戦車のプラモデル。

2013.2.24 Vanilla記



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 入院中の進行性核上性麻痺のリュウと多動と自閉症の個性を持つ次男ワタルとの日常を綴った私バニラのブログ「やさしいまなざし」はここをクリックしてください。



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